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開学50周年記念スポーツ界座談会【筑波大学新聞特別企画】

スポーツ界座談会
日本スポーツ界をけん引する卒業生
競技の垣根を超えて語り合う

官立の体操伝習所(1878年設置)を起源とする体育専門学群は、数多くのアスリートや体育・スポーツ分野の指導者を輩出してきた。開学50周年を記念し、各競技団体のトップや教員・研究者として日本のスポーツ界をけん引する卒業生に、学生時代の思い出やスポーツ界の課題、筑波大の今後について自由に語り合ってもらった。
【司会は筑波大学新聞特別企画委員の清水 諭 教授(体育系)】(座談会は8月4日に東京キャンパスで開催)

社会課題の解決はスポーツの存在意義の一つ

日本のスポーツ界の課題をどう考えるか。
スポーツの価値とは何か、スポーツに何が求められているのかを、考えさせられている。東京五輪・パラリンピックでスポーツの素晴らしさは発信できたが、大会後にさまざまな不正が発覚し、スポーツの価値は一時、どん底まで落ちた。しかし、サッカーのワールドカップ(W杯)や野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の盛り上がりを見て、スポーツの力を実感した。今後は、スポーツ界全体としてその力を伝えていくことが一番の課題だと思う。
コロナ禍でスポーツが不要不急なものとされ、危機感を抱いた。しかし、誰か分からない隣の人と思わず肩を組んで応援したくなる高揚感や一体感を抱く力は他にはない。我々バスケット界もサッカーや野球に続きたい。
スポーツの持つ力を最初に感じたのは2008年の北京五輪の陸上男子400メートルリレー。銀メダルを獲得し、日本人であれば誰彼構わずハイタッチするような状況になった。その光景を見て、スポーツには国を動かしたり、人々を元気づけたりする力があると実感した。
 ガバナンスやコンプライアンスが問われるのは当然で、今やスポーツは社会的な課題を解決するきっかけを作るためにある。例えば国際サッカー連盟(FIFA)は、男女のW杯の賞金格差をなくそうとしている。日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)の設立は、女性の社会進出を促進することにつながる。性的少数者の問題も含めて、スポーツ界から社会問題を解決していけるようになる、それが一番の課題だと思っている。
2011年のなでしこジャパンのW杯優勝で、日本の女子スポーツは変わった。環境に恵まれていない状況が浮き彫りとなり、女子スポーツに特化した支援が強化されるきっかけになった。賃金格差やジェンダーギャップ指数の問題は政治や経済に起因することが多い。それをスポーツ分野から変えていければと思う
スポーツの連盟や協会のトップのほとんどは今も男性で、会合での話題も男子に偏りがちだ。田嶋さんのように、トップとして、しかも男性でありながら、女性のことも考えてくれる人は珍しい。トップの考え方や連盟、協会の人員構成は大切だ。
国もそうだ。政治家に女性の割合が少ない。女性の意識自体も変えていく必要がある。選手たちの活躍に男性も女性もない。活躍する姿を見せていくことは、女性の社会進出を後押しする大きなメッセージにもなる。
サッカー界では、米国にしろドイツにしろ、すごく主張する女性たちが多い。男性、女性関係なく、スポーツを通じて人生を考えられる道筋をつくらないといけない。結婚を理由に女性がスポーツから離れるような考え方は、今の時代にそぐわない。
米国では大統領に物申す女子サッカー選手もいた。日本の女子サッカー選手はどうか。
女子も男子もそのような選手が増えてきた。選手たちから日本サッカー協会の収入やその使い道を聞かれるので、きちんと提示できるようにしている。欧州でプレーする選手が増え、現地の選手たちが主張していることを知ったことが背景にある。その一方で、日本に帰国した際には小児病院を訪れて子供たちを励ますなど、自分たちの役目も自覚するようになった。
陸上競技連盟では各地域から理事を2人選出する際には、男女各1人にしてもらっている。その結果、若くて元気な女性たちが出てきて、大きな夢を語ってくれるようになった。
スポーツ界座談会
指導者や選手の育成は大きな課題だ。
選手の育成については、都道府県レベル中心だが、いい選手をブロックで集め、トップに持ってくる仕組みがある。それから、トーナメント文化からリーグ戦文化に変えようとしている。リーグ戦だと負けても次の試合がある。試合内容を振り返りながら次戦に臨むことで、思考力が育まれる。
指導者にはライセンス取得を義務付け、毎年更新してもらう。経験だけに頼った指導を排除し、暴力や暴言を根絶したい。そうしたことをマネジメントする都道府県レベルの人材育成が今後の課題だ。
欧州でプレーする選手が増えてきたが、指導者はアジアに行くことが多い。英語で細かな表現まで話せないことが大きな課題。欧州で活躍する指導者をこれから増やしたい。
現在の課題は、中学校における部活動の地域移行ではないか。私は教員になりたくて体育専門学群に入った。現場で活躍する指導者、選手、競技団体の役員を養成することも筑波大の役目ではないだろうか。
中学校の柔道部に所属する生徒が特に減っている。指導者がいないのも一因だ。教員の多忙化もあり、最近は先生になることの夢がなくなってきているのではないか。柔道人口は日本全体で約12万人と年々減少している。競技レベルは高水準を維持できているが、文化としての柔道がさらに普及発展していくことはなかなか望めない。体育のみならず、教育、教員は国をつくる土台であり意義ある仕事なんだという認識を学生に伝えていきたい。
我々の時代は約8割が教員になっていた。
部活動の地域移行で、教員になっても運動部の指導ができないと心配する学生もいる。日本のスポーツ界は学校の運動部に支えられていたこともあり、一気に地域移行すると、競技力が維持できるのか心配もある。地域移行に対応できるよう、指導者の育成を進めているが、資格の更新時に新しい情報をインプットできる仕組みが求められている。
各協会ではどのような改革に取り組んでいるのか。
「サッカー選手がサッカーで食べていけるようにしよう。そこで働ける人を作ろう」とJリーグは設立された。それが大きい。だから、グラウンドを作ったら、そこで働ける人を雇う。そうやってお金を生むことを考えることが大事だ。
フランスは柔道が盛んで、登録人口は60万人弱。日本の約5倍だ。指導者は国家資格制で、柔道クラブを開けば、ある程度食べていける。登録人口の約7割は14歳以下で、友達付き合いや人をリスペクトすることを、まずは柔道を通して学ぶ。それからさまざまなスポーツに転向していくことも多い。
日本の柔道も、楽しさや安心安全などの面でフランス方式を取り入れてもいいと思う。
部活動の地域移行で課題となるのが、受益者負担をいかに根付かせるかと、スポーツクラブを動かすマネージャーの育成だ。バレーとかバスケットとか陸上とかは、学校教育に組み込まれており、お金を出して習うという習慣がない。バスケットの指導者の多くはボランティアだが、都道府県レベル、さらにはその下のレベルで、マネジメントができるようならないといけないと考えている。
筑波大時代の経験は、今の皆さんにどのような影響を及ぼしているか。
陸上しかしていなかった。グラウンドの課題を授業で解決する一方、授業で面白いと思ったことをグラウンドで実践した。自力で課題解決する習慣や能力が身に付いたと思う。
大学では身の回りのことを全て自分でしなければならず、自立の第一歩となった。予習復習をしないと授業にもついていけない。本当に大きな経験だった。
サッカーだけに集中できる場が与えられた学生時代だからこそ、もっと勉強しておけば良かったと後悔した。大学院で学び直しをした時は勉強が楽しく感じた。年を取るにつれ、もっと学ばないといけないことがあると分かってくる。筑波大に夜間でも学べる大学院ができたのは、現代のニーズを先取りしていた。
筑波大柔道部に入ったが、女性は私1人だった。当時すでに全日本チャンピオンだったが、男性の中だと一番弱い。その中で成長するために、自分で考える姿勢が身に付いた。男性部員には本当に助けてもらった。一方で「男性は言わなきゃ気付かない」ことも分かった。現在のジェンダーに関する取り組みにも、その経験が生きている。
筑波大は今後、日本スポーツ界にとってどのような存在になるべきか。
体育に関してはアスリート、教員、研究者全てがそろっている。でも、中の人は意外にそれに気付いていない。筑波大の関係者は徒党を組まないが、その力を生かし切るようになってもらいたい。
スポーツをどんどん大きくしていくためのネットワーク作りは、総合大学の中に体育専門学群がある筑波大にしかできないのではないか。校友会の意味もそこにある。
三屋さんの意見に賛同する。蹴球部員も4割以上は体育専門学群ではない。そうした人材がさまざまなところでサッカーに携わってくれたら幸せだ。
柔道部には医学類の学生が3人いる。筑波大の勢力はスポーツ界の一角を占めている。スポーツが求心力となり、筑波大のアイデンティティーを高めていきたい。
  • 田嶋 幸三
    田嶋 幸三(たしま・こうぞう)
    日本サッカー協会会長、国際サッカー連盟(FIFA)カウンシルメンバー。1957年生まれ。筑波大体育専門学群卒(3期生)、同大大学院体育研究科修了。日本代表として国際Aマッチ7試合に出場。
  • 三屋 裕子
    三屋 裕子(みつや・ゆうこ)
    日本バスケットボール協会会長、日本オリンピック委員会副会長。1958年生まれ。同大体育専門学群卒(4期生)。84年ロサンゼルス五輪女子バレーボールで銅メダル。
  • 尾縣 貢
    尾縣 貢(おがた・みつぎ)
    日本陸上競技連盟会長、筑波大教授(体育系)。1959年生まれ。同大体育専門学群卒(5期生)、同大大学院体育研究科修了。陸上10種競技日本チャンピオン。博士(体育科学)。
  • 山口 香
    山口 香(やまぐち・かおり)
    筑波大教授(体育系)。1964年生まれ。同大体育専門学群卒業(10期生)、同大大学院体育研究科修了。88年ソウル五輪柔道女子52キロ級銅メダル。博士(生命医科学)。
  • 清水 諭
    清水 諭(しみず・さとし)
    筑波大教授(体育系)、同大学長特別補佐。1960年生まれ。同大体育専門学群卒(7期)、同大大学院体育科学研究科修了。教育学博士。